マイ 語録とは

「マイ 語録」では、
カウンセラー高野舞の信条や、
自分なりの恋愛ルール、
カウンセリングでの発言などを、
格言風に書いています。

左手の薬指には指輪をはめない

これは、私が離婚カウンセラーになった時、自分に決めたルールです。

 

二度目の離婚が決定的になった時、私は左手の薬指に

指輪をはめている人を見るのが、苦痛でした。

ファッションリングやカップルリングなどもありますし、左手の薬指に指輪をしているからと言って、すべてがマリッジリングとは限りません。

私も以前は、どの指にでも意識せずに指輪をはめていました。

それなのにも関わらず、その時の私は、左手の薬指の指輪が、

幸せな結婚の象徴にしか思えなかったのです。

そして、「こんなにも沢山の人が当たり前にしている結婚を、

私は二度も失敗してしまったのだ」と自分を責める材料にしていました。

もちろん、指輪を見ても何とも思わない人もいますし、

また幸せな結婚が出来るかもしれないと、

希望を持てる人もいると思います。

 

それでも、私は左手の薬指に指輪ははめません。

あの時の私と、同じ思いの人がいるかもしれないから。

そして、あの時傷ついた自分自身のためにも。

気持ちの整理にデトックスは必要

デトックス、つまり毒出しですが、ダイエットや体質改善などで

よく使われる言葉です。

離婚や修復なども同じく、まず自分の心の底に溜まった不満や怒り、

悲しみを吐き出さないと、前には進めません。

不満や怒りや悲しみなどネガティブな感情は、溜めておくと腐敗して、

体調や精神面に悪影響を及ぼすようになります。

それに案外、口に出してしまうとスッキリして、

あっさり解決してしまう場合もあります。

 

離婚のカウンセリングは、気持ちの整理整頓とよく言います。

きちんと整理できるように、溜まった毒素は全部吐き出して下さい。

ブラックなあなたが出てきたとしても、私はあなたの味方ですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

嫁姑間で、夫は最後の切り札

当たり前ですが、どんな相手とのコミュニケーションも、

自分で築きあげるものです。

それが相手に言いにくいことや、反論されるようなことであってもです。

その当たり前のことが、嫁姑問題になると、例外にされているように

思います。

 

もちろん、嫁姑の間でトラブルがあった場合、夫の助けが必要ですし、

その立ち位置も重要になってきます。

でも、考えてみて下さい。

些細なことで、すぐ夫に自分の意見を代弁してもらっていませんか?

あまりそれをやりすぎると、夫にうんざりされてしまいますし、必ずしも夫があなたの意見を正確に代弁できるとは限りません。

また、相手にも「どうせその場だけいい返事をして、あとで息子を使って

反論してくるんでしょ」とか「私とちゃんと向かい合って話すつもりは

ないんだろう」と誤解されて、別の火種を生むことにもなりかねません。

 

自分の口で伝えた方がいいのか、それとも夫に頼むのがベストなのか、

よく考えて判断してみて下さい。

本当は、自分の思ったことは自分の口で伝えるのが一番なんですけど、そうもいかないこともありますしね。

「ゴースト」と「ユージュアル・サスペクツ」

映画鑑賞は、私の趣味のひとつです。

私は同じく映画が好きという人には、上記のニ作品を

好きか嫌いか、聞いてみる事にしています。

私の好きな映画と嫌いな映画です。

 

恋愛初期において、お互いの共通点が多いのは、

うれしい事ですし、相手との共通項をたくさん探そうとします。

趣味が同じだと、価値観も同じような気がしますが、

果たしてそうでしょうか?

 

一口に『映画鑑賞が趣味』といっても、大作映画なのか、

単館上映物なのか、ジャンルによってもそれぞれです。

同じ映画を観て、全く逆の感想を持つ人だっています。

自分の好きなものだからこそ、こだわりがあるし、些細な見解の違いでも

大きな違いに感じることもあります。

 

例えば、登山が好きな人と、読書が好きな人がいたとします。

お互い、相手の趣味の事はよく分かりませんから、相手の趣味の話も、

相槌程度で受け入れられます。

それがもし、双方とも読書が趣味だったら、好きな作家が

赤川次郎の人と夏目漱石の人とでは、趣味の話をしてもつまらないし、

共通点が見つけにくいと思うのです。

もしかすると、登山好きと読書好きのふたりの方が、

「終えたあとの達成感がいいよね」などと、

共通点を見つけられるかもしれません。

 

ちなみに、どちらが私の好きな映画で、どちらが嫌いかは

秘密にしておきますね.。

「すみません」より「ごめんなさい」

日本語には、同じ意味をあらわすのに、様々な言い方があります。

例えば、容姿が整っている女性に対して、「美人」「可愛い」

「キレイ」「美しい」と色々な言葉を使いますよね。

 

私は、些細なことでも「すみません」という言葉を使わずに、

「ごめんなさい」を置き換えて使っています。

すれ違い様に肩がぶつかったり、レジで大きいお金を出す時にも

「細かいのがなくて、ごめんなさい」と言います。

 

理由は単に、私が「ごめんなさい」の語感の方が好きだという事と、

「すみません」はやはり丁寧ではないので、相手に不要な不快感を

与えてしまうのを避けるためです。

以前は意識的に「ごめんなさい」を使っていたのですが、今は無意識に

出てくるようになりました。

 

普段から多用する言葉こそ、誤解を与えないように

慎重に選びたいですよね。

 

 

 

 

TOPに戻る